むかしばなし

1月3日TBS系テレビでは「衝撃ミステリーロマン超話題大ベストセラー“神々の指紋”完全映像版・・・」が放映された。これは現在240万部を突破したベストセラー、グラハム・ハンコック著『神々の指紋』(翔泳社発行)の中でエジプトのピラミッドの建設の労働者には、労働の対価として貸金の代わりに強壮、強精食品としてニンニクとタマネギが与えられていたらしい。又、ピラミッドにはエジプト文字で、労務者には、大根、玉葱、ニンニクを支給するために消費した金額が記録してある。その金額は銀1600タラントンにものぼっていた。大ピラミッドの建造から1500年後、エジプト新王国のファラオのために労働を強いられたイスラエルの民も、やはりニンニクを食べていた。イスラエルの民はエジプトを脱出して砂漠を彷徨った400年の間、ニンニクを口にする日を待ちこがれていた。カナンに落ち着いたイスラエルの民は、再びニンニクを食べるようになり、以来今日その習慣が続いている。タルムードでは、サバス(安息日)に夫婦が子作りが励めるよう、とくにサバスの前夜にはニンニクを食べるようにと説いている。


あゆみ

「薩摩ッ子」の創設者は鹿児島は国分出身の伊地知 樸(いぢち しげる)であります。樸は大正15年生まれで実家は国分市内で玉屋という洋服店を営んで居りました。昭和38年に単身大阪に来阪、北区の大阪駅のまわりで屋台のラーメンを手掛け、のちに北区空心町で玉水という旅館の軒先を借り受け客席7人の小さなラーメン専門店を開業させたわけです。その当時は大阪はうどんが主流で、ラーメンそのものの存在感がなかった時代に、空心町のニンニクラーメンといえば、きたない小さい店やけど、本当に美味しい店やでというラーメン通の間でだんだん人気が出て、押しも押されぬ繁盛店としての地盤を築いたわけです。
「薩摩ッ子」のスープは、樸が16才の高校生の時、少年志願兵として徴兵、その後ハルピンに出兵。ハルピン時代に現地の屋台のおばちゃんに伝授され今のラーメンスープが出来たわけです。麺は無添加でスープの素は豚ガラ、鳥ガラをベースに一切の加工油を使用しない、人の体にやさしいスープです。豚ガラ、鳥ガラ、豚肉は鹿児島産のすべてがフレッシュで、ニンニクは青森産100%、ネギは四国産、もやしは大阪淀川のほとりの井戸水で栽培、毎日配送センターに日配され厳しい検査のもと、その日に配達。その日にお客様に食して頂く事を前提に全作業を年中無休で取り組んでおります。


ラーメン一筋に40年。不易流行を基本に皆様に愛され、皆様の健康と美容を心より願い、お客様に喜んで頂ける事を励みに一生無休で頑張ります。

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